The Lucio Fulci Collection #2: The New York Ripper / Manhattan Baby (1982)
(ザ・リッパー / マンハッタン・ベイビー）

＜作品データ＞
リージョン： ALL
制作： Anchor Bay
映像仕様： LBX
音声仕様： Dolby Digital Mono (English)
作品時間： 184分
画面比率： 2.35:1
CC： No
字幕： None

『ザ・リッパー』（原題:『LO SQUARTATORE DI NEW YORK』）

ニューヨーク。ハドソン橋の付近で若い女性の遺体の一部が発見される。捜査を開始したNYPD（ニューヨーク市警）のフレッド・ウィリアムズ警部補（ジャック・ヘドレー）は、被害者の下宿先の家主の証言により事件の背後にアヒルのような奇声を発する怪人物の存在を知る。
それから間もなく、今度は走行中のフェリーの中でロージー（シンジア・デ・ポンティ）という若い女性が刃物で惨殺される。そして、検視官の調査により犯人は先のハドソン橋殺人事件と同一人物である可能性が濃厚になると、ウィリアムズ警部は市内の大学で教授を務める著名な犯罪心理学者ポール・デーヴィス博士（パオロ・マルコ）に協力を要請するのだった。
この後、今度は42番街のライブ・ハウスでポルノ女優エヴァ（ゾラ・ケロヴァ）が割れたビンで惨殺されるという事件が発生。しかも、この直後に犯人は自らウィリアムズ警部補お気に入りの若き売春婦キティー（ダニエラ・ドリア）の許に電話を入れて、アヒル声で犯行声明を発してくるのだった。
それから間もなく、女子大生フェイ・メジャース（アルマンタ・ススカ）が地下鉄の車内でミッキー・セレンダ（ハワード・ロス）に襲われかけるという事件が発生。地下鉄を降りて地上に逃げたフェイは、今度はアヒル声の人物に刃物で襲われて、片脚に重傷を負ってしまう。この際に意識朦朧の状態に陥ったフェイはなぜか自らのボーイフレンドであるピーター・バンチ（アンドレア・オッチピンティ）に惨殺されるという内容の不気味な悪夢に魘されていくのだった。
一方、セレンダは女子性欲過多症の人妻ジェーン・フォレスター・ロッジ（アレクサンドラ・デリ・コリ）と肉体関係を持つものの、その直後にジェーンが刃物で惨殺されたこともあり、いよいよ連続殺人の犯人と見なされるに至る。しかし、デーヴィス博士はサイコファイリングの結果、このセレンダ犯人説に疑問を抱き、犯人は全く別人物である可能性を検討し始めるのだった。
この後、フェイはピーターの付き添いで退院を果たすものの、間もなくセレンダの再襲撃を受けるハメに。今回のフェイはピーターに助けられて無事だったものの、この事件は益々セレンダ犯人説を濃厚にしてゆき、市警当局はセレンダの身柄確保に総力を挙げて取り組み始めるのだが…

『マンハッタン・ベイビー』（原題:『MANHATTAN BABY』）

ニューヨーク在住の文化人類学者ジョージ・ハッカー教授（クリストファー・コネリー）は妻にしてジャーナリストのエミリー（マーサ・テイラー）と娘のスージー（ブリギッタ・ボッコリ）を同伴してエジプトまで出張に行く。しかし、調査対象のピラミッドに入った彼は、ミステリアスな青色光線を受けて視力に重大な支障を来たしてしまう。同じ頃、スージーは盲目の現地人から風変わりなアムレット（お守り）を渡されるのだった。
その後、帰国して自宅マンションに戻った３人に留守番をしていた息子トミー（ジョヴァンニ・フレッザ）を加えた一家４人の周囲で奇妙な出来事が続出し始め、マンションの管理人やエイミーの同僚が変死を遂げていく。そして、この状況にあって、スージーらのベビーシッター、ジェイミー・リー（シンジア・デ・ポンティ）の身にも危険が迫り始めるのだった。
一方、ハッカー夫妻は一連の不可思議な出来事の謎を解くため、超心理学者アドリアン・マーカト（コシモ・シニエリ）の許を訪れるのだが…

ルチオ・フルチ監督と言えば、一般的にはジャーロ系映画よりもホラー系映画の作り手として知られるが、実は『女の秘めごと』（1969年）や『幻想殺人』（1971年）といった正統派ジャーロ映画も撮っており、その腕も一流だったのである。しかし、1977年の『ザ・サイキック』が興行的に失敗すると「犯人探し」をメインとする正統派ジャーロ映画作りを放棄して、名プロデューサー、ファブリツィオ・デ・アンジェリスの下で『サンゲリア』（1979年）に始まるホラー系映画群に偏向していった。
ところが、同じ1979年に同世代のマリオ・ランディ監督による『GIALLO A VENEZIA』（※１）と言う残酷ジャーロ映画が世界的注目を浴びると、フルチ監督らは、ジャーロはジャーロでも正統派の推理モノではなくラディカルな残酷モノならばいけるのではないかと考え、本作を制作するに至ったのである。従って、『ザ・リッパー』は唯でさえ過激な『GIALLO A VENEZIA』を更に過激にしたような殺人描写の数々を売りにした快作に仕上がり、結果的には『GIALLO A VENEZIA』同様に世界各国で劇場公開の禁止処分を受けながらもマニアの間で大変な好評を得ることに成功した。但し、元々は正統派ジャーロ映画の作り手であったフルチ監督は本作に続くジャーロ『マーダー・ロック』（1984年）で再度ストーリー重視のオリジナル路線回帰を目指すのだが、見事なまでに失敗し、その後はジャーロ映画界から遠ざかってしまうのである。
上記のような事情を持つ『ザ・リッパー』は、ストーリーそのものよりも残酷描写を重視しているので、イタリア製ジャーロ映画にしては「推理」の部分が抑制されており、むしろ『13日の金曜日』シリーズ（1980年〜）に代表されるアメリカ製無差別殺人型ホラー映画のような作りになっているようにも見える。しかし、実際のストーリーはシンプルながらも手堅くまとめ上げられている上に、サイコファイリングという1980年代前半としては斬新なアイデアを取り入れているという点でも十分に評価に値しており、現にこの『ザ・リッパー』の脚本はルッジェロ・デオダート監督の『ヘルバランス』（1988年）に流用されているほどなのである。
尚、『ザ・リッパー』は『GIALLO A VENEZIA』からインスピレーションを受けていると同時に『５人の女と殺人者』（1974年、※２）からも大きな影響を受けているという事実は特筆に価しよう。即ち、ターゲットが大人の女性であるからこそ激しい憎悪を持つ犯人が、相手の身体のうちの特に女性的な部位を狙い打ちするという設定に基づいた残酷描写作りは、『５人の女と殺人者』のものをモデルにしているのである。

（※１）『GIALLO A VENEZIA』（1979年、イタリア）は、ＳＭ関係にあった若いカップルの変死事件が更なる連続殺人事件を巻き起こす様を描いた問題作であり、準ヒロインの片脚を包丁でじわじわと切断していく悪名高い残酷シーンの存在故に伝説的存在となっている。但し、一連の残酷シーンは総じて世間で噂されているほどには過激なものではなく、むしろメイン・カップルのＳＭ関係描写の放つ異様な雰囲気こそを最大の特徴としており、『ザ・リッパー』を物理型ジャーロとすれば、こちらは心理型ジャーロと呼ぶに相応しい。

（※２）『五人の女と殺人者』（1974年、イタリア=フランス合作）は、連続妊婦殺しの犯人に出産間際の妻を殺されたジャーナリストが担当女医の助けをもって犯人探しに乗る出す様を描いた作品であり、女体の特定部位を狙い打ちした残酷描写故に注目を浴びた作品である。但し、監督がアクション派のステルヴィオ・マッシである為か、抜群の演出安定度を誇る『ザ・リッパー』に比べると演出的に大幅な不安定性が見受けられる嫌いもある。

一方、その『ザ・リッパー』よりも５ヶ月ほど遅れて本国イタリアで劇場公開された『マンハッタン・ベイビー』は『地獄の門』（1980年）、『ビヨンド』『墓地裏の家』（1981年）といったフルチ監督の代表作の流れを受け次ぐホラー系映画として制作されており、実際、同監督ファンの間での期待度は『ザ・リッパー』以上に高かったと言えよう。しかし、国際配給を過剰意識して強行したエジプト・ロケの難航に伴う制作プロセス上のトラブルに見舞われてしまった為か、本編で過半数を占めるニューヨーク部分さえも投げ槍仕事的で御世辞にもうまくいっているとは言えず、ヘビ類や鳥類を駆使した荒削りな残酷描写のみを辛うじて売りにしている感は否めない。実際、本作の失敗はデ・アンジェリスとフルチ監督の名コンビ解消という最悪の結果をもたらし、監督自身も懲りて、しばらくの間ホラー系映画そのものを放棄してしまったほどなのであるが、少なくとも『マニトウ』（1978年）タイプの珍しいイタリア映画に仕上がっているという点では注目に値しよう。

ここで２作のキャストのうち、特に注目に値する３名について簡潔に述べる。

『ザ・リッパー』でヒロイン役を熱演しているアルマンタ・ススカは本作でデビューした新人女優であり、次作『ザ・ゴールデン・コブラ』（1982年）では１人で善人と悪人の２役を好演してファンを魅了している。また、『ザ・リッパー』と『マンハッタン・ベイビー』の両作で被害者役を演じているシンジア・デ・ポンティは1979年の一流美人コンテストの優勝者としてイタリア芸能界の注目を集め、間もなくコメディー映画の常連女優としての地位を築き上げた美人である。しかし、『ザ・リッパー』でメッタ刺しにされてしまう被害者役を熱演して以降は幅広いジャンルの作品に出るにまで成長している。そして、『ザ・リッパー』で最も悲惨な最期を遂げる準ヒロイン、即ち生きたまま眼球を引き裂かれる売春婦役を演じているダニエラ・ドリアは1970年代に出演した青春映画群でそれなりの人気を得た若手中堅女優であった。しかし、『地獄の門』（1980年）で内臓を吐き出して絶命する少女役を熱演して以降は急激にイメージ・チェンジし、フルチ映画の名被害者役としての地位を築き上げたのである。但し、のちに芸幅を広げることに成功したシンジア・デ・ポンティとは違い、ダニエラは余りにも被害者役のイメージが強すぎた為に、残念ながらそのフィルモグラフィーは1980年代半ばで途切れてしまっている。

『ザ・リッパー』のディスクには本編に加えて、１）THEATRICAL TRAILER、２）LUCIO FULCI BIOの２点が収録されている。１）の予告篇は制作国イタリア向けのものではなく、海外市場向けの所謂「国際版」用のものである。
２）の略歴の情報量は限られているものの、有名なエピソード、例えば本作で惨殺される売春婦役のダニエラ・ドリアがフルチ監督のお気に入りの女優であったこと等を確認することは出来る。

『マンハッタン・ベイビー』のディスクには本編の他に、1）BEYOND THE LIVING DEAD: AN INTERVIEW WITH WRITER DARDANO SACCHETTI、２）THEATRICAL TRAILER、３）TALENT BIOSの３点が収録されている。
１）は本作の共同脚本家ダルダーノ・サケッティに対するインタビューである。ダリオ・アルジェント監督の『わたしは目撃者』（1971年）をもってデビューした大物脚本家であるサケッティは、『マンハッタン・ベイビー』は非伝統的ホラー映画であるという点において過去の仕事と異なる斬新なものであったと語る。しかし、制作費の関係で元々のアイデアの一部を削除すると同時に、オリジナル脚本にはなかったエジプト・シークエンスを無理やり付け加えた為に少なからぬ混乱が生じてしまったようである。また、サケッティは、イタリア製ホラー映画はアメリカ的/プロテスタント的世界観とは異なるカトリック的観念に基づいて制作されているものの、死に対する恐怖は文化の違いを超越するものであるという意見を述べている。尚、このインタビューの長さは公式には「９分」と記されているものの、実際には約８分しかない。
２）の予告編は『ザ・リッパー』のもの同様に国際市場向けのものである。
３）は監督ルチオ・フルチと脚本家ダルダーノ・サケッティの略歴である。「ファンタジーは常にわたしの好きなジャンルだ」と語るフルチと、「大作を作るのに必要なのは大金ではなくアイデアだ」と語るサケッティはそれぞれが立派な経歴を持つ才人であるだけに、ここに記されている情報は（極度に断片的ではあるとはいえども）興味深い。但し、肝心の『マンハッタン・ベイビー』そのものに関する情報が皆無に等しいという点では少々寂しい感もある。

『ザ・リッパー』『マンハッタン・ベイビー』共にアナモルフィック・ワイドスクリーン収録（画面比率:2.35:1）であり、日本版新旧VHSは言うまでもなく、日本盤DVDよりも本DVDの方がクリアである。『ザ・リッパー』に関しては本国イタリアのAVO盤DVDよりも良好であるが、オランダのITALIAN SHOCK盤DVDとの比較となると話は少々複雑になる。即ち、今回のDVDはオランダ盤よりも明るくて見やすい反面、シャープ度では若干劣っているのである。逆に、オランダ盤は画面が暗めなので少々見にくく、総合的には本DVDのほうが若干勝っていると言えよう。　
尚、『ザ・リッパー』『マンハッタン・ベイビー』共に本編部分にはCC（クローズド・キャプション）や字幕は入っていないものの、イタリア語で成されたインタビュー部分には英語字幕が付いている。

『ザ・リッパー』と『マンハッタン・ベイビー』共にDolby Digitalのモノラル音声（英語吹き替え）のみ。両作品共に音楽面で控えめである為に、全体的に少々弱い印象を受けるものの、始終安定感を維持しており、また台詞の聞き取りに困ることもない。むしろ、惜しまれるのはオリジナルのイタリア語音声が入っていないという事実であろう。